濃い一日。





昨日、舞台を降り

いつも通り袖で「お先勉強させて頂きました」

と、挨拶をし、楽屋に戻ろうとすると後から


「君…」


何方かと振り返れば


桂三枝会長。


「面白いよ。発想がいい。頑張りなさいね」


びっくりした。


後で噺家さんに聞けば

楽屋におられたのにわざわざ袖まで観に来て下さったらしい。


おまけに楽屋で直々にアドバイスまで。


「テレビを考えるなら短い時間でも表現できるように。但しその雰囲気のままでだよ」


春之輔幹事長には


「もっと支配人に言うて出番を増やしてもらい。モタレで出てもおもろいな」


モタレとはトリ前の出番だ。現在俺より先輩の噺家さんがつとめている場所だ。


きん枝師匠もおられ


「R-1…おしかったな」


今の俺があるのはきん枝師匠にお会いできたからと言うても過言でない。


一昨年、やっと自分の型はこれかなと思い試し始めてた頃

福島県の2000ぐらい入る大ホール。

喋り終え楽屋に挨拶に行くと


「繁昌亭に出てみませんか?」


敬語で話かけられてどぎまぎした。


「俺みたいなもん出して頂けるんですか?」


「連絡先ここに書いて」


数日後、支配人から電話。で、明くる年の1月末に初出演。

しかも初日、師匠はわざわざ早くに入られ

袖で俺の舞台を袖から観て頂き


「こいつオモロいやろ。ほんまオモロいやろ」


と、噺家や下座の方々に。

おかげで人見知りの激しい俺も

初めてお会いする噺家の方々とお話しやすくなり可愛がって頂いた。


その席同じ出番だった文喬師匠に


「R-1に出るべき」


実はその頃、俺心の中では「もう俺にはテレビなんてないだろう」と、思ってた。

若くはないし俺を面白いと思ってくれる人たちの中から外に出る勇気などなかったのだ。

でも、このままではいけないとも思っていた。


で、「…出てみます」と。


昼にTKO木本から留守電。夜、折り返し電話を入れる。

話してくれる一言一言が

嬉しく泣きそうになり早口で喋り早々に電話をきる。


ここ数年大勢の人に支えられて生きていることを実感する。

それまでも絶対にそうだったのだ。

ただ、遅まきながらやっと実感し感謝できるようになったのだ。


今居るここは

自分の事しか考えず、我が侭放題

数々の不義理を繰り返してた頃に

辿り着けなかったスタート地点かも知れない。


誰かの唄じゃないけど、何度でも何度目でも始めたら始まり。


いつか俺も誰かの為に何かできるように。何とか。  


2009年02月21日 Posted by ナオユキ at 09:57Comments(15)